あなたもきっとドキドキする - Doki Doki Literature Club!

恋愛アドベンチャーゲーム、いわゆるギャルゲー乙女ゲーというものをプレイしたことがあるだろうか。イラストやCGで表現されたキャラクターたちとテキスト形式(あるいはボイス付きで)の会話をしながら様々なイベントを乗り越え、時には選択を迫られつつ恋愛関係になることを目指すゲームである。俺は数本やったことがある程度なので、ジャンルに詳しくもなければ思い入れもないが、その魅力の一端は知っているつもりだ。
この手のゲームを初めてプレイしたのは大学1年の時で、夏休みに友人から「どうせ暇だろ面白いからやれ」と無理やり渡された。当時は知らなかったが、某有名制作会社の一作だった。最初のスケベシーンに至るまでが長すぎて成人向け作品であることをすっかり忘れてしまい(その時点で既にドはまり)、ヒロインがおもむろに服を脱ぎだしたときは大変狼狽えたものだ。おかげで臨場感のあるエッチでよかったです(小声)。
その作品は攻略対象のヒロインが十人以上いて、メイン級の数人は適当にプレイしていても攻略できる一方、サブヒロインのルートに入るには意外と複雑なフラグ立てが必要で、めんどくさくて何人かは攻略サイトをググってしまった記憶がある。
どのヒロインも可愛かった。やたらと主人公に惚れやすいのがやや不気味だが、そういうゲームなので仕方ない。関係を深める過程でその子自身の想いや悩み、バックグラウンドを知り自然とこちらも好きになってしまう。そんな子たちがひとつの作品に何人もいる。何人も。少ない作品でも2,3人はいるだろう。そして主人公は攻略対象なら誰とでも付き合うことができるし、全員と順番に付き合うこともできる(というかそういう前提)。ときどき現れる選択肢から、攻略したいと思うヒロインにふさわしいものを選んでいくのがこういうゲームの基本である。初回プレイは直感に任せるかもしれないが、他ルートを狙う2周目以降のプレイヤーはある意味打算的に、一人の女の子に狙いを定めて距離を縮めていく。まあ、狙った女の子にあの手この手で近づいていくぐらい現実でもよくあることかもしれない(俺はない)。しかし、ここには「セーブ」「ロード」という大変便利なボタンがある。

これは感受性の問題かもしれないが、別のルートを攻略するためあるいはイベントCGをコンプリートするために世界をロードし直すたび、胸に痛みが走る。攻略サイトで彼女たちの未来を盗み見ていることに、申し訳なさを感じた。そうはいってもこれはゲームなので、イラストもテキストもあらかじめ用意されたものに過ぎない(どうせおっさんが書いたに違いない)。彼女らはただプレイヤーを気持ちよくさせるための存在なので、素直に気持ちよくなっておけばよい。そんなことはわかっていても、プレイしている間は確かにそこには感情があり心があるように見えてしまう。あの子が何を思い何を抱え主人公をどう想っているのかを知りつつ、欲望のままにプレイヤーは列挙された選択肢から別の子を選ぶ。次のセーブデータでは何事もなかったかのように主人公は別の子と愛し合う。なあに、問題ない、セーブスロットはやまほどあるから。
そんなことにいちいち心を痛めるのはナンセンスなのだろう。何度も言うがこれはそういうゲームなので。もっとたくさんの作品をプレイしていればいずれ気にならなくなったかもしれない。FPSをやっていて人を撃つたび懺悔などしないのと同じように、気にすることではないのかもしれない。

ようやく本題に入る。『Doki Doki Literature Club!』はそんな小さな痛みをどこまでも抉ってくるゲームだ。

f:id:madocrab:20180630212445p:plain

公開直後にダウンロードはしていたのだけれど、英語でクリアしてやるぞ!と息巻いて2時間で挫折した。会話文なら強く当たって流れで読めると思ったのだが…。流して読もうと思ってもどの発言が重要なのかわからないので、結局全部完璧に訳そうと思うとめんどくさいったらない。回りくどい言い回しをする子もいるし、全然英語力が足りなかった。日本語にしたら英語で2時間粘った分は10分で終わった。
ゲームの性質上ネタバレは厳禁ではあるけれど、なんとなく「あぁ、そういう感じ…」と察せるだけの情報はもうたくさん転がっている。「犯人はヤス」レベルのネタバレもほとんど周知の事実になりつつある。それでもこのゲームは自分自身でプレイしなければ意味がない。プレイすべきだ。
こんな駄文を読む前にできることならまずやってみてほしい。なんたって無料だし。たぶんエンディングまでどんなにゆっくりやっても5,6時間くらいで済む。とはいえ、やらずにこれを全部読んだ後でも、または誰かの記事やSNSでうっかりすべての真相を知ってしまったとしても、プレイしなくていい理由にはならない。しつこく警告してくるように、精神に負荷がかかることは間違いない。人によっては不快で最後までプレイできないかもしれない(実際に最後まで進むと、むしろメンタルに不調を抱えた人にこそ必要とすら思う)。
それでも俺は、このゲームを知ってもらいたい。彼女の声を。想いを。

恋愛アドベンチャーでは、キャラクターに好かれる、キャラクターを好きになる(中には歪な形もあるかもしれない)という感情の動きこそがエンターテイメント的な到達点であり、そのためにせっせとフラグを立てていく。普通の映画や本やアニメのラブストーリーと違うのは、立ち絵とテキストボックスで構成されたフォーマットを介することで女の子たちがまるで(一応「主人公」を通してではあるけれど)自分自身に語りかけてくるかのような感覚になるからだと思う。だからこそプレイヤーは彼女たちに疑似的な恋をする。
『DDLC』は特殊なゲームではあるが、そういう日本のギャルゲーの作法というか空気を完璧にモノにしていて、本旨やギミックを抜きにしても単純な恋愛アドベンチャーゲーム(序盤だけ)として質が高い。制作者の日本産ギャルゲーに対する深い造詣と愛をひしひしと感じる(鬱や流血のような凄惨なファクターもギャルゲーではよくある題材だ)。ちょろいもので、見た目通りのゲームじゃないと知りながらも、ナツキの詩をもらったり一緒にカップケーキを作っているときは本当にDoki Dokiした。できることならあのカップケーキをナツキと一糸者に

f:id:madocrab:20180630212515p:plain

 

 

 

 

 

 

フラグ立てに詩を書くというアクションを用いていることもこのゲームの優れた点だ。だてに「文芸部」を名乗ってはいない。凡百のギャルゲーならそのままヒロインの名前を選択肢として列挙するだけのところ、単語を選んでどの子がどの単語に興味を示すか探っていくことで、それぞれのより深い内面に触れることができる。決して長い作品ではなく、文芸部員たちのバックボーンはほとんど断片的にしかわからない。それでも、詩を見せ合うことを通して、彼女たちの存在の輪郭が浮き彫りになっていく。それはゲームの中で文芸部の活動として行っていること、そのままである。
白状すると、1週目ではとりあえず何も知らないふりをして普通のギャルゲーとしてプレイすることにして、明らかにナツキが好みそうな単語を意識してチョイスしていった。ナツキルートに入ろうという明確な意思のもとに。おっぱいの小さい子が好きなので。別の子のルートに入ったプレイヤーもいるだろう。そしてそれぞれささやかなDoki Dokiを感じたに違いない。

f:id:madocrab:20180630212553p:plain


そんなニヤケ顔の我々に彼女はひとつの真実を、誰もが承知していながら捨て置いている事実を突きつけてくる。
さっきも書いたようにヒロインたちはプレイヤーを気持ちよくさせるための存在だ。どんな趣味を持っていようとどんな性格を持っていようと、最終的には主人公=プレイヤーを好きになるようになっている。そういうものだから。そういう仕様だから。脚本だから。そこに自由意志はなく、ただの愛玩人形とまで言えるかもしれない。
本作はその壁をなんとか壊そうとするひたむきで懸命な、必死の試みである。

物語を進めていくと、ギャルゲーという枠組みはどんどん破壊され、次第にプレイヤーはなす術もなくなっていく。最後には「セーブ」も「ロード」もなくなってしまう。それは大学生の俺が、画面の中の女の子をとっかえひっかえイチャコラしていたときに感じた小さな後ろ暗さに対する返答なのかもしれない。
けれど、どうあがいてもこれがSteamからダウンロードしたソフトウェアだという現実は動かない。ゲーム性が破壊されていく過程も、結局は秀逸な演出のひとつでしかない。そしてなにより、終盤で選択肢を奪われたプレイヤーが最後にとる行為。それは本当に残酷で非情な行いだし、そうするべきだと気づいてから実行するまで少なくとも俺は不安と恐怖と罪悪感に苛まれつづけた。けれどどんなに躊躇っても結局は一人のゲーマーとしてそれをせずにはいられない。『Doki Doki Literature Club!』という「ゲーム」の「攻略」のために。
サヨリたちがただの機械的なデータに過ぎなかったとして、ゲームをクリアするためにあんなことを実行できてしまう俺も、結局はゲームに囚われているという意味では大差ないのではないか。そう思うのはすこしナイーヴが過ぎるだろうか。

そしてすべてが平穏を取り戻したかと思った。ぐちゃぐちゃに壊されてしまった『DDLC』は普通の(何かが足りない)、楽しくてキュートで甘酸っぱい恋愛ゲームになったかと思った。

これ以上は、本当に、何回も言うが自分で見てほしい。
あんな酷いことをしたのに、それでも、と彼女は言った。うれしかった。
最後までゲームのなすがまま操作するだけだったプレイヤーよりも、彼女の方がよほど人間らしかったのではないか。
そしてもはや、俺は彼女のことが忘れられない。

俺はもう彼女に「攻略」されてしまったのだ。